かたづけ

整理整頓をする癖をつけたいと思っているのですが、なかなかうまくいきません。この一ヶ月でずいぶん整えられたぞ!と思っているのですが、目隠しにしているカーテンの裏側に少しずつ物を溜め込んでしまうんですね。ちょいっと置いて後で片付けようと思ってはいるのですが、その後の時間になると違う事が目の前にやってきて、結果同じ場所に物が溜まっていくという循環?になっています。2週間前はあんなにきれいになったのに、、、!なんて、お庭の草木たちの成長っぷりと物が溜まるのと、どちらが早いかな?なんてものです。
それに比べ、テレワークでゴーシュのひと部屋がアトリエになったうちのカミさんはと言いますと。
いかに快適にいい仕事ができるかは整理整頓にかかっているのですね、と思わざるを得ない整いっぷりです。
書くとまさしくそれはそうだなぁ、ということなのですが、本当に見ていて気持ちがいいです。
僕がストックルームとは名ばかりの物置にしていたひと部屋を、この一ヶ月くらいで見事に自分のアトリエ(仕事部屋)に変身させております。
通常業務をしながら、あれやこれやと配置を変えては試しながら、自分の心地いい環境を作っていく様は、本当に唸ってしまうほどです。
それをそばで見ている僕はなるほどなるほど、やっぱりそうですよね、そういうことですよね、と背筋伸ばして、後でしようと思った片付けのひとつをし始めるのでした。

月に1着、仕立てをしたい。なんて言いながら、5月は手織りキットを作ったり動画を撮ったりしていてあっという間に過ぎていってしまいました。。。。。
織っていなかった訳ではもちろんないのですが、それも嫁ぎ先が決まっている生地のお仕事だったりしまして、自分ごとはなかなか手が進みませんでした。
そうそう、給付金申請も不備があるということで戻ってきてしまったりして、どういうこと?!と調べていたらあっという間に2~3時間は経つ訳で、、、、。
当たり前ですが、思ったようにスムーズに事が進むなんてまずありませんよね。
何かトラブルがあったら、前より状況がもっと良くなるチャンス!と思って、不向きな事でも頑張らないと楽しなりません。
頑張るぞー!とささやかにお腹の下へ力を入れて、デスクワークですくわーく。
猫背にも気をつけなくっちゃ。
世の中を見渡すと、ちょっと気持ちが苦しくなるようなニュースが増えてきましたように感じます。こんな時こそ手を動かして、頭と心を柔らかく保ちたいものです。

ミシン

ミシンを踏んでいると思い出す情景があります。

家族5人で並んで眠っていたあの頃。
不意に目を覚ました夜更けに眠気まなこでうすぼんやりと
ふすまから差し込む蛍光灯の光

ダカダカダカダカダカ、ダカダカダカダカダカ、、、、

不規則に、ゆっくり、しっかり、何かが動く機械の音
そのリズムがなんだか心地よくて
またすーっと眠りに落ちていく

穏やかで暖かい、幼少期の記憶。

母が縫ってくれていたものはなんだったかな
上履き袋かな
なんでも入る魔法の手提げかな
一人一枚と言われた雑巾だったかな

僕は最近、お仕事でミシンを踏んでいます

とは言っても、工場さんに頼むような数のある仕事ではなく
かといって専門の特別な技術が必要な縫い物でもありません

手で縫うには強度が足りず、ちょっとだけ数があるような
僕みたいな縫い物好きにはちょうどよい規模感のお仕事です

布を織ること、手織りの心地よさをお伝えしていたら
ミシンをする時間も増えました

物作りは可能性を生み出すことだと思っています

思い出の音だったミシンの音が
誰かの未来の可能性になれますように

持続化給付金

ご多分にもれず、ゴーシュもこちらを申請することになっています。
といっても、悲観的な気持ちとか、切羽詰まった気持ちというよりは、世の中の仕組みを全身で感じる(感じざるを得ない)いい機会と考えています。
(これまでもそんな出来事はたくさんあったわけなので、何を今頃あれれこれれとなることもないのです。)
なかなかに苦手なデスクワークをしていると、もうですね、「めっちゃ織りたい!ものづくりしたい!」って体の真ん中がうずいてきてしょうがありません。
パソコンからふと目をそらせばそこにはゴーシュの棚にたくさんの糸、糸、糸。
あれとこれを合わせてこんなイメージの布を織りたいな。
またベストも仕立てたいな。
コースターのサンプルももっと織りたいし、メンバーさんへの動画も撮りたいし。
そうだそうだ、ヤマモモの木で試し染めもしたいのだった。
剪定の枝が山ほどあるので、色遊びは止まるところをしりません。
こうしていると、僕はやっぱり「作る人」なんだな、と思います。
手と体と、全身使って形作って、できたー!って笑いたい。
そのためにも、今はパソコン仕事、しっかりやらなきゃだ、、、!

YouTube

クオリティはともかくせっかく作った動画なので、織り機の作り方という情報としては悪いものでもないはずだし、、、とインスタTVだけでなくYouTubeにもアップしたのですが、検索に全く引っかからない!
どうしたものかと調べていてふと気がつきました。
びっくりするほどたくさんの動画アップ人口がいるYouTubeに、今からゴーシュが出て行ったところで、どれほどの人に見てもらえるのだろう、、、と。
今している、これからもしようとしている努力はちょっと間違っていそうだぞ、と。

もっとしなくてはいけないのは、「手織りをしたくてもできない人」とか、「おうち時間でやること無くなってきて、子供との関係もちょっと大変かな?になってきそうな方」とか本当に必要としている人に届けたいわけであって、ならばこれまで全くしてこなかったYouTubeで頑張るのではなくって、メインで発信してきたインスタグラムでしっかり分かりやすく、かつ、見やすく発信していくことが、僕ががんばるべき所な気がしました、、、、!
自分が得意な所で、得意だと思えるところで頑張らないでどうするんじゃい!
と、思った所で、YouTubeはひとまずそんなに力入れないことに決めました。。。メンバーさん向けのおさらい動画とかのアップに使うまでにする方が今は良い気がしています。
ゴーシュの動画はひとまず、インスタグラムTV(@atelier_gauche)でのチェックをどうぞよろしくお願いいたします、、、、!

インスタライブ

インスタライブをし始めてまだ3回くらいなのですが、告知してからするのは以外と緊張するものですね。。。。
その場のテンションでふわっと配信するのはいいのですが、時間が決まっていると「あと5分、あと1分、、、、」とかひとりカウントダウンが始まったり、「告知したはいいけれど、見てくれる方いてはるんやろか、、、」というような考えもしなかったような心配事が出てきてしまったりするもので。
始まってしまえばあとはなるようになれ!で進めてしまうのですが、設定が違うだけで感覚が変わるのはほんとに何事に対しても面白いものですね。
しかしながら、コロナの影響でこれまでできなかったことができるようになったり、しなかったことをやってみたら以外といいかもしれないぞ?!となったり、これまた大きな内的な変化となっております。
オンラインのコミュニケーションは本当に不慣れなのですが、インスタライブで言えば絵文字のリアクションがあるだけで嬉しいですし、コメントなんてきた日には、手元そっちのけ、話していることそっちのけでお返事しちゃいますし、お顔が見えない方々と一方的な壁打ちキャッチボールみたいな感じで思っていたものが、全然そんなことありませんでした。
ゴーシュに来れなくってもこうしてみなさんとコミュニケーションできるんだから、ライブや動画配信も活動のひとつに組み込んでいったら楽しいですよね。
ほんと、やりたいことが止まらないって楽しくって大変だわもう!

多様性と共感力

多様性、共感力について。
今日の朝刊への寄稿があったのですが、僕も思うことがあり書いてみます。
僕は作家活動を始めてから気がついたんですね。

「自分は共感欲が強い人間なんだな」
「多様性って大切」

それは今も変わらないし、これからもきっとそうだと思うのですが、その文では共感できる人たちが集まると、少ないやりとりで物事が進む心地よさがあるあまり、違う意見を排除してしまうことがある、と。
それは、多様性を無くしてしまうことに繋がるから気をつけたいですよね、と。

本当にそうだな、と改めて腑に落ちました。
自分と違う意見があるからこその多様性で、その意見と向き合うことで自分の価値観が増していく。もっとたくさんの物事を受け止めることができる。共感はできないかもしれないけれど、理解をすることができる。もっと色んな世界へ向かう原動力になる。

手織りを始めてから、障がいを持つ方々との接点が生まれました。
それまで直接触れ合ったことのない方々で、始めはどう接したらいいか戸惑ったものですが、やりとりが重なるとなんのことはなく、それもそれぞれの個性だと感じるようになりました。
自分の価値観で多様性という言葉を使っていたな、と今になって思います。
知らないことを知ることで身につく共感力と、そこで知る多様性。

新聞をとりはじめて4ヶ月ほどですが、毎朝何かしら「ふむふむ、へ〜」があります。ちょっとざらっとした質感をめくる感触も心地いい。

知っていたことを思い出す経験もまた、楽しいものです。

今日は何を着ようかな

大型連休で、ただでさえ人に合わなくなっている中もっと人と合わなくなっています。そうすると、自分にとって、「自分のためにしていること」と「人と会うから気をつけてしていること」が見えてくるなーと思った朝。
お洋服でいうと、今までパンツは同じでトップスだけ変えている日もあったのだけれど、これからは毎日違う服を着るようにしたい。
特別なものじゃなくっていいから、ちゃんと着替える。
今日は何着ようかな。
そう考えた結果、同じパンツが履きたい!ってなったらいいのだけれど、(おろしたばかりの服はやっぱり毎日でも着たくなっちゃうし)そこに「今日はどうしようかな」を意識していれていきたいなー、と思いました。
ストール織るときだって、何色にしようか毎回考えるし、織りながらだって考えてる。経糸作るときだって、どこにどんな色を配置しようかな、と考えるし、そんなコーディネートのストレッチにもなりますものね。(書きながら思った!)
お仕事系で言いますと、おうちで手織りのサンプルつくったり、ネットショップのシステム改善作戦だったり、庭木がら糸の染料作るための下準備だったり、、、これからへ向けての準備をしている状況でしょうか。
生活環境はどんどん変わっていくし、7月でゴーシュは3周年ですし、仕組み自体も織りたい方にとって、ゴーシュにとってより柔軟な形にしたいと調整中です。
ゴーシュが始まった時に思い描いた未来が、これからの世界でも変わらず目指せるのか、そんなところから見直さないといけません。
頭の中がいつも柔軟で、その時々に合わせて変化していけるように、いつも身につけるお洋服は、やっぱりいつも違う服がいいな、なんて思いました。
そういえば、うちの奥さんは毎朝クローゼットの前で
「今日は何着よっかなー」
と言っていたっけ。

仕立て

今日は仕立てをしました。
服を作るのは2~3年ぶりでしょうか。
今だからこそ、服を作りたい。
自分で織った布で、自分が着るための、自分の服を作りたい。
そう思って、お気に入りのベストで型を取り、手付かずに取っておいた布を裁断し、手元にある材料で作れる物を形作ろう!とボタンもリボンテープも、押入れをガサゴソガサゴソ。
初めて仕立てをした時のように、ドキドキしながら。
でも、たくさん仕立てをしていた東京時代を思い出しながら。
どうせ作るなら、ちゃんと着れる物がいいな。
でも、布に無駄が出ないほうがいいな。
シルエットも綺麗に出したいな。
いわゆる手織りの服じゃなく、自分が作りたくて作った、自分だけの服にしたい。
そうだ、もっともっと自由でいいのだ。
少しくらい形が変でも、左右がずれててポッケの形が違くたって、そんなのおかまい無しでいいのだ。
色合わせだって、柄合わせだって、奇をてらうこともなく、型にはめようとするでもなく、自分の手を動かしてみて、気持ちが楽になる方に進めばいいのだ。
普通の形のベストだって、布はどこにもない、自分が織った一枚だけの布なのだから、それこそ本当の一点ものだい。
どこかで見たことあるような、そんな布だっていいのです。
自分で織りたくて織った布なのだから、普通に見えても、ありふれて見えても、それはどこにもない、自分の布なのだ。
ベスト、ベスト、マイベスト。
自分で自分の服を作るって、こんなにもワクワクドキドキするんだったね。
こんな気持ち、独り占めなんてもったいない。
早くみんなに、おすそ分けさせておくれ。

剪定した枝葉を片付け、ジャガイモの芽かきをして土寄せをし、グリーンピースのために支柱を立てたりしていると、この植物たちが育つことにも菌は関わっているんだよな、なんて思いつつ、何を考えていても、どうしていたって進んでいく自然の営みの眩しさに、気持ちを揺さぶられます。

今日はゴーシュの什器配置を少し変更してみました。
もう少し織り機の間にゆとりがあるといいかな、でも、ソファーはある方がすこし狭く感じてものんびりできる雰囲気になるかな、サンプル作品も色々見てもらいたいから棚は無くせないな、、、。
今は、また会いたい人たちがゴーシュに来てくれた時に、やっぱりまた来てよかった!って思ってもらえるように、色々整える時間をもらったのだと思います。
お庭も広いし、手織りは時間がかかるので、幸い仕事には困りません。
でもたまにはのんびりすることだって、仕事のうち?でしょうか。
誰かを想ってすることは、どれだけ時間がかかってもいいものですね。
什器の配置も、一度動かしたらあそこにあれが欲しいとか、これもあったらいいなとか、今なら自分でつくればいいね!とか。
どうも僕は人に動いてもらうより、やっぱり自分が動いた方が気持ちがいいようです。